あの橋の向こう側
「そんなきれいごと書いて何になるのか」
という会話がきこえてきた。
書初め会にいた時だ。
家に筆と硯はあるが、新年になかなか書初めをしない。
私はそういう気力が起きなくて。
でも、書く機会があるなら書きたい。
その願いが叶って、昨年から書初め会なるものに参加している。
三が日が終わった翌日、つまりは4日に開催されている。
とにかくそういう会があったので、私は行ってみたのだ。
そうしたら、そんな言葉がきこえてきた。
私は、言葉には力があると思っている。
こうして改めて言うと、怪しげに聞こえるが、どの人も何かしらあったときに、誰かのやさしさとセットになった言葉に助けられてきたのではないか。
私は助けられてきた。
だから「ある」と思っている。
私は虚弱で、みんなが「普通」だと思っていることもできなかった。
小学校では運動会にも山登りにもほとんど参加していない。
ひどい喘息もちだからだ。
今もうっかり風邪をひくと喘息がでているときもあるようだ。でも、それも慣れてしまって。今は昔のように大げさに考えない。もう共に生きてきて何十年も経つ。
だから、いつだったか近所のデッサン会に参加させていただいた時に
「どんな風に生きたら、そんな人生が手に入るのですか?」
と聞いた。
私より30歳も年上の絵の先輩に、である。
私は悪意はない。ただ、そんな風に生きる方法はどうやって知るのだろうか?ととっさにおもったのだった。
その先輩は、私と同じような喘息もちであるが、息子さんを立派に育てあげ、息子さんは開業医に。若い時は銀行にお勤めだったそうだ。そして今、先輩はいくつかの絵画教室に通って絵を描いていらっしゃる。他県に旅行に行ったりと、本当に私のあこがれの人生を持っている方なのだった。
それで質問してしまった。
すると、先輩はハッとした顔で私を見た後に手持ちの色紙に「こおさんに幸を!」という言葉を濃いデッサン用の鉛筆で書いてくださったのだ。
たとえ同情だろうが、哀れみだろうが、私はこの色紙に描いていただいた言葉と絵はうれしかった。私は、ハッとして私の顔を見た先輩にやさしさを感じたのだ。
誰かが幸せをねがってくれている。
私は、その色紙の言葉ありがたかった。
先輩はいつだか、こんな言葉もくださった。
「人生はロングランだよ。大丈夫。大丈夫。」
どうだろうか。
言葉は受けとめる人によって、良くも悪くもなる。
この話もきっと、きれいごとなのかな。
でも、いい。
私は、その日、きれいごとを書いた。
「心やわらかに」
それは私自身に向けて書いたのだが、そのセリフを発した方も、どうぞ心やわらかに。
自分の機嫌は自分でとらないといけないからな!
周りに己の暗さやしらけるようなこと振りまいたらダメだと思っている。
おかげ様で、私は苦労がないように見えるらしい。
勝ったな、(笑)
引き続き、己に勝利していたいと思う。まわりに迷惑かけないように。
よし!!負けるな、私!なんとかなる!!!!!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
周りの方々のやさしさで、無事に新しい年を迎えました。
どの人にとっても素敵な年になりますように。
来年はなんて書こうかな、(笑)
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