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5月, 2023の投稿を表示しています

「胡乱な聖典の信じ方」藍上央理(著)、読了。

私は極度の怖がりである。 ホラー映画なんてもってのほかだ。 自分から進んで観ることはない。 一度、昔つきあっていた人とジェイソン(このシリーズは沢山あるので、この中のどれを見たのかは記憶がない)を付き合いで見た。 その彼はそれを笑って観ていたから「この人のことは一生、理解できないだろうな」と思った。 当然、うまくいかなかったのでお別れした。 その彼は一人でもジェットコースターに笑いながら乗っていた。 「怖さ」を楽しむことが出来る人なのだと思う。 なんだか羨ましくもあった。 過去に一度「ホラー小説」と呼ばれるものを読んだことがある。 本当に一冊だけだ。 入院していたときに、お隣のベッドのご婦人が貸してくれたのだった。 これもどちらかというと付き合いで読んだ。 長期の入院だったので生活に娯楽がなかったのもあるし、ご婦人はとても本が好きな方だったので、本好きが勧めるホラーとはどんなものなのか読んでみたいという好奇心もあった。 とにかく 「面白いわよ!そして、、、怖いわよ、、、最後らへんを夜、思い出すのよ、、、」 と勧めてくださったのだ。入院の荷物の中にたくさんの本をお持ちだった。 そのホラー小説は「ぼっけえ、きょうてえ」岩井志麻子(著)である。 ご婦人が語った怖さを私は感じられずに終わった。 私は、なんとなく俯瞰して「物語」として読んだので、感情移入的なものができなかった。 ただひとつ、表紙の絵だけは怖かった。 怖いと感じたのだった。 それだけは覚えている。 もし怖い絵を描くなら、あれくらいの気迫が伝わるもの描きたいって思う。 曲がりなりにも私は日曜画家だからな。 そんな私が人生二度目のホラー小説を読んだ。 それがこの本である。 滅多に外出しない私が、用事があって外に出た折に、図書館へ寄った。 地下鉄の中で読む何かが欲しかった。 じっくり本を選ぶ時間などない。もう地下鉄に乗らねばならぬ。 ぎりぎりに家を出たからだ。 体調が悪い時はぎりぎりまで横になっている私だ。 「新着本」と書かれた小さな棚から「文庫だったら軽いし、薄い本だから読めるだろう」と何も考えずに借りた。 地下鉄電車の中で早速読み始める。 「ホラー小説ではないか!!!!!!!!」と心の中で叫ぶ。 なんと舞台は私の住む九州であるし、。地下鉄もでてくるのか! 天神も博多も、地名がでてきていますけれども? とにかく驚い...

恩師に会いに行く(2):小学校の恩師に彷徨っている私の人生に助言をいただく

3月末。 2月に「F80号に絵を描こう」と決めて1ヶ月があっという間に経った。 私はまだまだ人生に迷っていて、キャンバスは白いままだった。 描きたいものがわからない。 描いてどうするのだ、考えても無駄だとわかる愚問が私を追ってくる。 私の小学校の担任の先生は、先生をやめて、書道家になっていらっしゃる。 私はいつだか先生に書道を始めるきっかけを聞いたことがある。 「それは、あの時の担任していた時に、学級のお便りを保護者向けに書いたじゃない?あれを筆ペンで書いたのがきっかけだよ。」 私が所属していたクラスは荒れていて、誰も担任をやりたがらなかった。新しく赴任したI先生が担任になった。 先生は荒れた小学6年生のクラスを見事に立て直して下さった。 先生の作品は、私のテリトリーの商店街のお店でも見かけたことがあった。 テレビのCMのバックに掲げられていたこともあったようだ。 先生はどんな形で信用を得て、書道家という仕事に就いたのか、お話を聞いた。 「毎年、同じギャラリーで個展をやる。そうすると「この人はそれなりに作品も人気があって毎年ここで展示ができる人なんだ」と認知される。」 先生が毎年個展をなさっていたギャラリーは今はもうないが、街の有名な商店街にあり、借りるのはお高い場所だ。(私だったら、その賃料で1ヶ月は暮らせる。) 「若い人は何か賞をとって、それを肩書きにできるけど、もう年だからね。僕にはそれができない」とおっしゃっていた。 私は今、日本画に興味を持っていることを伝えると、「これ、あげるよ」と言って、墨と硯を下さった。 そして、アトリエに展示してある先生の作品について教えて下さった。 「これは最初に書いた作品ばかり。あえて、そうしている。その頃のこと忘れないように。」 きっと初心を忘れないように、ということだろう。  大きな絵を描く時、仕上がるまでに時間がかかるので、最初に感じた対象物への自身の気持ち、その時の対象物のきらめきを最後まで自分の中に持ち続けて描くのが非常に難しくなる。初めて描いたF 50号の絵などは、途中でその気持ちを無理に思い出そうとして辛くなり、泣きながら描いた時もあった。 それを思い出した。 私も最初に描いた絵を飾っておこうか、そう思った。 「描きたいものを描いたらいいよ。賞とか、そういうの関係なく。今、描く時間があるなら、それは貴重な事だよ。」...

「美術の進路相談 絵の仕事をするために描き続ける方法」イトウハジメ(著)、読了

偉そうなことを今から私は言う。 どんな進路を取るにしろ、まずそのことを知るといい。 自分のイメージばかりが先行していて、実際は違ったりすることもあるから。 そのタイトルの通りだ。 美術の仕事に興味がある人はまず読んでみるのがいいと思う。 この本には、研究職やイラストレーター、絵本作家など、美術に関わる仕事はどんなことをするのか、それに就くにはどンな方法があるのか、書かれてあった。 悩んでいる若い人はまず読んでみたらどうかなと思ったし、今はインターネットがあるから家にネット環境がないなら、ネットカフェにでも行って調べてもいい。 図書館のリファレンス係の方に聞いてみるのもいいと思う。 学校の先生に聞くのもいい。 本というものは世に出すまでに、校正やらなんやらで沢山の人の目を通って、それで世に出ているものだ。 インターネットで調べるのも良いが、どこの誰が書いたかわからない情報は鵜呑みにできない。それはお勧めしない。 だから、興味がある進路の分野だったら本を読んでみたらいいと思う。 以上が感想だ。

恩師に会いに行く(1):絵画教室の恩師へ絵の具のお礼を言いたい!

2023年2月2日。 思い立って、恩師に電話してみた。 やる気がなく、仕事帰りにただだらだらとデッサン教室に通っていたのが、七年前。 ただ仕事場以外の場所が欲しくて、絵を描きに行っていたのだった。 私が恩師と思っている先生は、私のデッサンを見て怒り、そして「作品を描きなさい!」と絵具をくださった先生だ。 私は絵画教室で怒られたことがなかったので怖くなり、それ以降デッサンを休んだのだが、先生が電話をかけてきてくださって、また行くようになった。 その時も「あなたは絵を描いた方がいい」という言葉をくださった。 (そもそも大人の絵画教室は先生のように怒って指導などはしない。受験ではないからだ。) 転職の繰り返しで、結局、デッサン教室に通うことができなくなり、やめてしまったのだが、その先生が私に絵具をくださったのだった。 その時は作品を描くつもりなどなかった。 私はとっくに画家になることなど幼き日の夢だと思って、自分の中で完結していたし、そもそも描くエネルギーがなかった。 生活に追われて、仕事以外では食べて寝ることで精一杯だったからだ。 しかし、この世界にコロナが蔓延った。 仕事ができなくなった。 知らない分野の職業訓練を受けて、人生を立て直そうとしたが、それも上手くいかなかった。 あの時はもう死ぬつもりだった。 絵具が私を救った。 私は人生で大きな絵を描く予定はなかった。 全くなかった。 いつだか高校の同級生が雷門で天井画を一緒に見た時、こう言った。 「あんな絵を描く人になると思ってた」 そして、母も街の壁画を見て、こう言った。 「あんな絵を描くようになるかなって思っていた」 単純な私はそれを聞いた時「私は大きな絵を描いた方がいいのかもしれない」と思ったのだった。 それがずっと頭の隅にあった。 私は呼吸器が小さな頃から弱かったので「コロナにかかったら死ぬだろう」と常に思っていて、それならば今までできなかったことをしようと思った。 それまで眠っていた絵具を使う日が来たのだった。 他人から見ると小さなことかもしれないが、私はこの絵具があったから、小さな希望が生まれたのだった。 ずっとお礼を言いたかったのに、言えずにいた恩師に電話して、アトリエへ菓子折りを持ってお礼のご挨拶に行ってきた。 今、行かないと後悔する。今だ!そう思って訪ねた。 このところ、私はずっと作品らしい作品は描い...

ミュシャ 展と。みんな絵が好きなんだなぁ!

 知り合いの方々が市の美術館の市民ギャラリーで作品の展示をしているというお話を聞いて、観に行くことにした。 魔の5月。 私にとって、5月は半分は寝込んでいる月だから、魔の5月。 「今日は行ける!」 そう、体が動く日に行くしかないと思って、18日に思い立って「えい!」と行ってきた。 その作品展は、ヌードデッサン をなさっている教室の仲間だそう。 ギャラリーに行くと、和気藹々としていた。 そう言えば、私にはこんな仲間がいないなと思った。孤独を私に訴えてくる友は「友達はいない。」と私に言ってくる(私は友達じゃないらしい)。そう、あの友には友達はいないらしいが仲間がいるなぁ、羨ましいなぁと、そんなことを思い出しながら。 色々な絵があった。 上手に見せたい! 楽しく描いた! とにかく描きたかったんだよ! 作品を見ていると、作品から色々な気持ちがこちらへなだれ込んでくる。 そして、どの作品を見ていても 絵を描くのは楽しい!!! という気持ちは私に伝わってきた。 どの人もみんな絵が好きなのだなぁ!! 市民ギャラリーで展示している作品はたまにプロもいらっしゃるが、趣味で描いた作品がほとんどだ。 みんな、絵が好きなんだと、とても嬉しくなった。 素直に「素敵なグループ展でした。見に来てよかったです」と、受付をなさっていた方に感想を伝えた。 丁度、ミュシャ 展が企画展で開催されていたので、それも鑑賞してきた。 私、個人的には、晩年のミュシャ の油彩の大作を見たかった。ほんの少し、それが展示されていないか期待したけれど「やはりそういう作品は国外には出品しないよな」と。 調べたのだが、2017年国立新美術館にやってきていた!! それ、見たかった、、、。 しかしながらグラフィックは、言わずもがなカッコよくて美しくて。デッサンや依頼を受けて描いたという油彩の肖像画もすごく上手かった。 最近の美術館は「写真はオッケーです」という展示が多くて驚く。 小心者なので、あまりシャッター音のしないアイフォン のLiveモードでこそこそと数枚作品を撮影した。 こういう写真は案外、帰宅した後に見直したりしないが、今回は帰宅後に何度も見た。 私は虎の版画を昨年、作り終えることができず、それが心残りだった。 それで、最近は木版画に手を出している。 「絵も描かなくてはいけないのに、何をやっているんだ、私!」そ...