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2月, 2026の投稿を表示しています

生きることに意味はない

さぁ、これは読んでいる人がほぼいないブログだから。 私の気持ちの整理で書いている。 生きること 死ぬこと どちらにも意味はなくて。 そう思うと、死んでもいいし、生きてもいい。 そう思える。 ただ自分でコントロールして死のうとすると、結構むずかしい。 場所は? (ここで命を絶つと、後始末が大変になる。事故物件になる) 方法は? (できたら痛くない方法でできるか) 死んだ後の世界はあるのか? (見えない世界があって地縛霊というものがあるなら、そうなりたくない) 私の近所には、老人施設がある。 そこは多分、国の経営ではない。 お金を持っている人が入れる施設だ。 たまにその前を通る。 私は生きるために食料の買い出しへ行く。その時の道に、その施設がある。 見えない道を通ってもいい。 そうすると少し遠回りになるから、結局、この道を通ってしまう。 昼間、カーテンが開けてある。 そうすると中の様子が見える。 じっと座っている。 人生の先輩たちが話もせずにじっと座っている。 いつもシンとした空気を感じる。 たまにテレビがついていることもあるが、見ている様子もない。 歩けるのだろうか。もう歩くことさえ出来ないのだろうか。 椅子ではなく車いすに座っている方は、もう足が機能をしていないのかもしれない。 立派だと思った。 どんな施設だろうと年を取ってから入る場所は、死を待つことになるだろうから。 あんな風にじっと死を待つこと。 私は立派だと思った。 私は時々「死にたい」と思ってしまう。 それは誰でも人生の中で一度は思ったことがあるのではないだろうか。 私が「死にたい」と思う時は、たいてい体調が悪い時だから、体を休めてやれば次の日は気持ちが変わっていることが多い。 突発的に死んでしまう人がいらっしゃるが、「時間がたてば気持ちが変わる」ということを知らないのかもしれないと想像したりする。 だからもし「死にたい」と思ったかたがいたら、明日まで待ってみて欲しいな。 次の日に気持ちが変わっていることがあるから。 同じ気持ちが続くようなら、それはどこかが悪いに違いないから、病気だと思う。その時はまず病院に行ってみて欲しい。そうこうしていたら「死のう」と思っていたことがばからしくなるかもしれないから。 今の私は、生きることも死ぬことも意味がないって言えるから、その場に出くわしたら止めてあげられるだろうか。...

フェイスブックを削除した日

私がフェイスブックを始めたのは、自分の絵画作品を広めるためではなく、英語学習の勉強会に参加したいからであった。 その勉強会はフェイスブックで告知され、その日のその時刻にZOOMに集まり、ZOOMを通して各々が自分の英語学習をするという勉強会だった。 その会に入るのに、フェイスブックで招待していただく必要があったのだ。 だから、フェイスブック自体のアカウントがないと何も始まらなかった。 いざ、フェイスブックを作り、勉強会に招待していただいたものの、、、 勉強会はいくつか開催されていて、どの方もかなりの達人に見えた。 そして、お仕事以外の時間は英語に集中している姿勢が見られて、私は怖気づいた。 私はだらだらと中学英語の勉強をしてきたからだ。 学習はまだ高校の域にも達しておらず、飛び込むことができなかった。 初級者向けの勉強会もあったのだが、早朝4時や5時の開催であったため、そこまで英語に対する学習の決意が持てず、フェイスブックは放置されたままであった。 絵画作品を発表するようになってから、インスタグラムのアカウントを作成した。 わけもわからずに、フェイスブックとインスタグラムを連携させてしまったのが、こういうウェブ世界に疎い私をさらに混乱させることとなった。 とりあえず、以下は備忘録としてつづっておく。 これは私がやったフェイスブックの削除手順になる。 インスタグラムのアカウントは残すことにした。 フェイスブック(以下、FBと略す。) インスタグラム(以下、Instaと略す。) フェイスブックとインスタグラムとの連携解除の手順 FB(pcサイト)からログイン。 右上の自身のアイコンをクリック。 「アカウントセンター」の左側一覧「コネクテッドエクスペリエンス」をクリック。 各項目をすべてオフにした。 私が連携解除するためにインターネットで検索するも「連携解除」をオフにするボタンなどがなかった。ネットで検索した方法はFBのアプリからの方法だと思われる。 年々仕様に変更があることも多いので、最新の情報ではなかったことも、方法にたどり着けなかった原因の一つだと思う。 連携させる情報は多かったが、連携解除方法はヒットしにくかった。 フェイスブックのアカウントを完全に削除する FB(pcサイト)からログイン。 右上の自身のアイコンをクリック。 「アカウントセンター」の左側一覧「アカ...

「あひる」今村夏子(著)、読了。

もうすでに返却してしまった本だが だから内容もうろ覚えだったりする。 前回、今村夏子さんの本を初めて読んで。 今村夏子さんが気になってしまった。 「あひる」は確か芥川賞候補ではなかっただろうか。 あひるの名前が印象的で「のりたま」という。 飼えなくなってしまったおじさんから託されたのりたま。 主人公一家が受け入れたのだった。 家族構成は、主人公(資格検定の勉強中。働いてないみたい)、その両親(なにやら宗教に入っている)、弟(かなりやんちゃな方だった)は別に暮らしている。 「むらさきのスカートの女」もかなり登場人物が濃い人たちばかりであったが、今回の「あひる」もなかなかだった。 前回同様、主人公に変な気持ち悪さが残る。 読みながら、違和感を感じるが読み進めてしまう。 怖いもの見たさである。 その事象一つ一つに、にんげんの寂しさを見た。 主人公のご両親があひるを見るのに通ってくる子供たちにお菓子をふるまったり。私は、そういう姿に、このご両親のと言うより人間の「寂しさ」を感じたのだった。 「あひる」とは別の短編が2編収録されている。 これは「あひる」に関係する物語だった。 今村夏子さんという作家さんの本はこれを入れて、まだ2冊しか読んだことがないが、登場する人物が周囲には言えない抱えている暗さをうまく物語で表現されている。 その抱えている暗さは短絡的に伝えるのではなく、物語として、こちら側が何となく察するように描かれているのが、秀逸だと思った。 なるほど、「あひる」は芥川賞候補にはなるが、惜しい!!あと一歩ということを素人の私が読んでもそう感じる。 「むらさきのスカートの女」のほうが,華があった。 ただ短編で、こんな人間模様を描けるのはやはり秀逸だと思った。 他の本もぜひ読んでみたいと思ったのだった。 短編で、というのがすごいなぁ!! (すっかり今村夏子さんの小説のファンである) 久しぶりの小説、おもしろかった。 ありがとうございました。 私があひるに名前を付けるとしたら、、、何にするかな。 しらたま、かな、、、、。 いや、もしかしたら単純に頭文字をとって「あーちゃん」かな、、、。