「スタンフォード式疲れない体」山田知正(著)、読了。

 このところ「呼吸」に注目している。 この本の存在をどうやって知ったのだろう。 「虚弱に生きる」という本に出てきたのかな? 私は図書館にこの本を予約していたことを忘れていた。 私は呼吸器が昔から弱いのだが「うまく呼吸ができているのか?」という疑問があった。ちいさいころ救急車で運ばれたとき、大きなガスボンベから管をとった吸入器をした記憶があって。 あれは酸素が入っていたのではなかろうか。 あの時、私は「普段できている呼吸ができない」ということを考えていた。 大晦日だった。 普段、普通に呼吸ができることがどんなにすごいか。 それは、あの時のおおきな発作時に考えた。 おとなになって、呼吸のことは特に気にせずにいた。 小さい時よりは体力がついたのであろう。 発作が出ていてもよくわからずにいることが多かった(風邪をひいた時に、便乗するかのように発作がでているようであるが、デフォルトすぎて気が付いていないようである) 季節の変わり目になると、気を付けていても体調を崩す。 普通の人より気管支も細いであろう私は、呼吸がうまくできていないならば尚更、そこを正す必要がある。 呼吸とは当たり前にしているが、正しく出来ているだろうか?という疑問をあまり持たずに、今まで生きてきた。 私はどうやら呼吸を正しく出来ていないらしい。 この本を読んで、判明した!! 私は虚弱だ!普通の体力を持っている人が正しく呼吸していたら、もっといろいろなことが出来る時間が増えるだろうな。うらやましい!! 以下は、私が備忘録として抜粋した一覧になる。(ランダム) まだほかにも、いろいろと疲れない体つくりのノウハウは載っていたが、私が特に覚えておきたいものだけ綴っておく。 朝食は定時に摂る 睡眠時間も決める 最低7時間は眠る 朝食は抜かずにたべる(早食いは禁止) 朝食に甘いものは食べない(血糖値スパイクをさける) 味のする飲み物は一日一回のみ 腹八分の場合は間食をいれて、食事の回数を増やす(間食は果物を摂る) 水を一日6~8杯、飲む(1.5リットルくらい) IAP呼吸(腹圧呼吸)をする(一日最低1回、寝る前の2分間) カフェイン一日400mgまで(コーヒーだと4、5杯くらい) スマホは細切れに見る(長時間みると姿勢が崩れる) 「yet」「まだ~」。「~できない」と決めつけるのではなく「まだ、~できない」と考え...

コンビニの店長さんとクローディアス(映画「果てしなきスカーレット」の感想)

(ネタバレを含みますので、ご注意くださいませ。)

年に一回の12月1日は正真正銘の映画の日で、映画が一番お安く見ることができる日だ。
先月から決めていた。
「果てしなきスカーレット」を見に行こうと。

映画が始まると、序盤にクローディア(現王の弟。後に王になる。)が出てくるのだが、王である自分の兄を貶めたいというセリフをはっきり口にする。

「この人をこんな風にさせてしまったきっかけが何かあったのだろうか」
私はそんなことをぼんやり考えていた。
そして、わたしの近所にあるコンビニエンスストアの店長さんを思い出していた。

私の近所のコンビニ店長さんは開店した当初は、すごくにこやかにレジを打っていた。
もちろん、
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
のあいさつは欠かさなかった。
ところが、いつからだろうか。
店長さんは挨拶すらしなくなって、いつも不機嫌そうな顔でレジを打つようになっていた。
その日、私は久しぶりにコンビニへ行ったものだから「機嫌が悪いようだけれどなにかあったのかしら?それとも、私が何かしたのかな?」とおもっていたのだが、少し様子を見ていたら、どうやらほかの方々にも同じような態度らしい。
その日だけ機嫌が悪かったのだろうと思っていた。
私もそんなこと忘れて、公共料金の支払いにまた来店したとき、驚いた。店長さんは、依然として変わっていなかった。
レシートを投げて渡されたときは、本当にショックだった。
私は過去に接客の仕事をした経験がある。
たまに理不尽なことを投げかけるお客様もいらした。下っ端の私に言ったところで解決しない問題をいきなり怒鳴ってくる方もいた。
コンビニ店長さんにもきっとそんなことがあったのだろうなと、勝手に思った。
そんな出来事があったのなら仕方ない。
「店長さんが幸せになりますように」と願ってしまった。

クローディアには何があったのだろうな。
ただ単に兄に嫉妬していただけか、それとも、両親が兄ばかりを大切に扱ったのが悔しかったのか。それとも、何もきっかけなどなくて、そもそも自身が持っている気質(負けず嫌い)であったのか。
そんなことぐるぐる考えてしまった。

この映画のニュースをネットで読むと、観客数についての感想をよく見るが、内容について触れた感想が少ない印象だ。まぁ、ネタバレしてもいけないだろうからなぁ。
内容か。内容は「主題が何か」をまず見るように、私はしている。

私は内容については、主題が二つ見えた。
・人を許せるか
・何のために生きているのか(生きてきたのか)

”人を許す許さない”については、わたしの過去のブログに一度かいたことがある。
(気がむいたらお読みください。「お盆、白い饅頭、人を許すということ」)
難しい問題だ。
この問題は、自分が当事者として人生で遭遇した人しかわからない。多分。
結局「人を許す」という行為は、その相手のためじゃない。自分自身のために許してあげるのだ。「自分のために許しなさい」ということ。
私の許せない相手が仮にクローディアだったとして、相手は反省もせず開き直るにちがいないから、許すなんて行為は相手のためではない。
だから「許す」としたら自分のためなのだ。
腹が立つヤツに、私のたいせつなエネルギーを長くは、つかいたくないからな。
でも、私はまだ許せない人がいる。
ふとした時に思い出すと「許します」と唱える。そう口に出して、許せる日もある。でも、まだ許せていない日もある、それにたいして自分が驚く。許したつもりになっているのです。
でも、完全には許せていないのだ。
「許します」と気休めの言葉を吐くくらい、許せていないのだ。
だから、映画の中で主人公の父が処刑されるときに主人公に放った言葉「許せ」といったのは、なんだかささった。
泣きそうになった。
内容にどっぷり浸れるような物語の見せ方ではなかったから、感動したかどうかと聞かれたら「していない」と答えるけれども。
私は涙がでそうになったのは確かなのだ。ぐっとこらえてしまった。

何のために生きているのか。
という問いに、主人公はぶつかるのだけれども、生きることが復讐が目的になってしまっていたから、ふと我に返っていた。
私としては、復讐に生きてもいいと思う。
それが生きることにつながるのなら。現に主人公はそれを原動力にして生きてきたのだ。
問題は復讐はたいてい誰かを傷つけてしまうので、自分の中に罪悪感が残るだろうということ。主人公のような周囲をおもう優しい人間にはしんどい人生だろうなと勝手に思った。
何のために生きているのか。
これは、どの人も人生の中でぶつかる問題なのではないだろうか。
各々の欲望が何なのか。
欲望に沿って生きる人は、それが生きる目的になるだろうから生きていきやすいだろう。世間や親が敷いてくれたレールに素直に乗れる、また乗る素質がある人も特に考えずに済む問題だろうと思う。
欲望もあまりなく、そもそもレールが敷かれていない人間は悩むだろうな。
学校では「何か成すように生きろ」と教えられてきたから、何か成さねばならない気がしていたけれど。
「仰げば尊し」にもあるだろう。
「身を立て、名をあげ、いざさらば」と。
そんな生き方が理想的なのだと教えられて生きてきたのだ。それは私だけだろうか。
私は欲望がないわけではないが、欲望の度合いが皆より弱い。体力がない分、いろいろ成せないことを小さな時から知っているから欲望に関しても弱いのだと思う。そして、敷かれていたレールがよく見えなかったから、今もよく意味が分からずに生きている。
「人生は意味をもたねばならない」ということは決してないと思う。
人間という動物はそんな風に考えるのかもしれないが、野生の動物はどうだろう。
彼らはただ生きて、死ぬから。
ただ生きて死ねばそれで、生き物としての生はまっとうしたことになるのではなかろうか。この考え方は人生の師匠に教えていただいた。
私はときどき死にたくなるからな。だから、師匠は「野生の動物のように生きろ」と教えてくださった。
なぜ私は生きているか、何度も考えたし、いまだにわからないのが事実。
でも、それ自体に意味がないとしたら、考えなくていいからな。
今は野生の動物のように私は生きたらいいと思っている。
命が尽きるその日まで。

こうして振り返ると、ひどく難しい主題を物語にしたのだな。
私が映画館に行った日は平日だったが、なぜか小学生くらいの女の子もお母さまらしき方と二人で見に来ていた。そういうグループが三組くらい。(いま思えば、、、インフルエンザによる学級閉鎖で休みだったのだろう。)
小学生くらいの方々には、大人の私たちよりこの主題はむずかしかっただろうな。
そもそも人生で復讐をすることなんて、ほとんどないのが普通なのだから、、、。
ただ生きていると「許せない」出来事には遭遇するだろうから。
その時はこの映画を思い出すといいなぁ。
「許せ」と王が言ったことば。

私としては物語として成立させるなら「主題をどちらかに絞ればよかったのに」と思った。
なんだかもったいなかった。
部分部分で見たら、本当に見どころが多くて、画が素敵だったからだ。だから、怒るどころか、絵を描く私にとっては勉強になった作品であった。
どちらかの主題が引き立つように物語を作れば、観る人がもっと感情移入できるような物語をつくれたかもしれないと。私のエラそうな感想です。
「何のために生きているのか」を表現するのに、「復讐」でなくてもよかっただろう。でも、復讐を表現の素材として監督が選んだのは、監督も人生の中で「許せない」ことがあったのだろうと私は思う。私も未だ消化できずに「許せない」気持ちがどこかあるようだ。この映画を見て泣きそうになったから。
鑑賞後、世間のように私は作品に対して怒りは、湧いてこなかった。
私は、王が言った「許せ」の言葉が忘れられない。
あの言葉がもっと活きるような物語の流れにできたらよかったのにな、本当にもったいないな。生きることの主題は置いておいて、復讐なら復讐の主題に徹したらどうだっただろう。
それが見たかったな。
と、偉そうに私が言える立場ではないのだった。
でも、声を大にしていいたい。
作り手が「これを見せたい!!!!!」と思ったであろう各場面の画はすごくいいです!!!
「この感情をこんな風に画に描くのか!」
と思う場面も多く、それに時代設定がなされていて、民族の描き分け、文化、そういう点に着目するとすごくいい映画だと私は思う。
絵を描く何かをなさっている方は見る価値はあると思う。

以上、私の偏見が入った感想であった。



以下は、私の備忘録(その他の気づき)になる。
・過去未来を見る主人公(監督はスピリチュアルがすきなのかな?)
・細田監督作品には必ず大きな何かが出てくる(クジラや竜など)
・人間以外の世界があるのではないのか?と問うような作品(ばけものの子もそうだしおおかみこどももそう)
・とにかく画がずばらしかった。アニメーターになりたい人は絶対見に行った方がいい。この世界観をよく具体的に絵にしたなと感動した。
・もし今回の映画に脚本家を導入したとして、この世界観は収拾することができたのかな。あまりにも一場面一場面の発想がとびぬけていたから。ただ、物語を取りまとめるプロである脚本家がいた方がいたら、、、という仮定を考えてしまうのもある。もう少し良い感じに全体がまとまったかもしれないな。

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