生きることに意味はない

さぁ、これは読んでいる人がほぼいないブログだから。 私の気持ちの整理で書いている。 生きること 死ぬこと どちらにも意味はなくて。 そう思うと、死んでもいいし、生きてもいい。 そう思える。 ただ自分でコントロールして死のうとすると、結構むずかしい。 場所は? (ここで命を絶つと、後始末が大変になる。事故物件になる) 方法は? (できたら痛くない方法でできないか) 死んだ後の世界はあるのか? (見えない世界があって地縛霊というものがあるなら、そうなりたくないな) 私の近所には、老人施設がある。 そこは多分、国の経営ではない。 お金をそれなりにお持ちの方々が入れる施設だ。 たまにその前を通る。 私は生きるために食料の買い出しへ行く。その時の通り道に、その施設がある。 そこが見えない道を通ってもいい。 そうすると店まで少し遠回りになるから、結局、この道を通ってしまう。 そこは昼間、カーテンが開けてある。 そうすると中の様子が見える。 じっと座っている。 人生の先輩たちが話もせずにじっと座っている。 そこの食堂なのだろう。 そこはいつもシンとした空気を感じる。 どこを見ているのだろうか。 たまにテレビがついていることもあるが、見ている様子もない。 歩けるのだろうか。 もう歩くことさえ出来ないのだろうか。 椅子に座っている方もいる。 椅子ではなく車いすに座っている方は、もう足が機能をしていないのかもしれない。 立派だと思った。 どんな場所だろうと年を取ってから入る施設は、そこで死を待つことになるだろうから。 あんな風にじっと死を待つこと。 私は立派だと思った。 私は時々「死にたい」と思ってしまう。 それは誰でも人生の中で一度は思ったことがあるのではないだろうか。 私が「死にたい」と思う時は、たいてい体調が悪い時だから、体を休めてやれば次の日は気持ちが変わっていることが多い。だから、その時は気持ちから気を逸らす。 突発的に死んでしまう人がいらっしゃるが、「時間がたてば気持ちが変わる」ということを知らないのかもしれないと想像したりする。 だからもし「死にたい」と思ったかたがいたら、堪えて明日まで待ってみて欲しい。 次の日に気持ちが変わっていることがあるから。 同じ気持ちが続くようなら、それはどこかが悪いに違いないから、病気だと思う。その時はまず病院に行ってみて欲しい。そうこう気を...

野球と私(11)衝撃的なニュース

交流戦が始まると、私はパソコンでの野球観戦はできなくなる。
私が見ることが出来るのは携帯電話で契約しているキャリアの特約みたいなもので、パ・リーグの試合のみは見ることが出来るが。
交流戦は、セ・リーグとパ・リーグの試合なのである。
セ・リーグが絡むと放送してくれないのだった。
残念。
私は交流戦の期間中はラジオで観戦することになる。
ラジオがある!
ありがたいな!!ラジオ!!

そんな折、我らがソフトバンクホークスの対戦相手の監督が逮捕され、監督解任のニュースを聞いて、私はショックだった。
交流戦の前日である。

何が一番ショックだったかというのを私なりに考えたのだが。
暴力をふるったということに対してもだが。
父親(監督)の暴力にたいする相談を娘さんがした相手、その相手がAIであったことが一番ショックだった気がする。
それに何よりもいつも嫌な気持ちになるのが、その分野にそんなに興味もなく詳しくもない第三者が好き勝手に意見を言うこと。
意見を言うことは良いことだし、それはご家庭だったり会社だったりの小さなネットワーク間だったらいいと思うのだが、安易にSNSで話すのはどうなのか。
相手が傷つくということを考えないのかな…。そして、それを言うことで自分の何かを失うことも想像しないのかな…。
私はウィキペディアという存在が世に出てきたとき、少し恐ろしかったな。
校正がない情報を、素人が自由に情報提供できてしまうこと。

交流戦の出だしがこんな感じだったので、ラジオすら聞かずに日々をたんたんと過ごしていた。
私自身、いろいろあって、そういう気持ちの余裕がなかった。
ラジオを聴く余裕が欲しかった。

監督解任のニュースは監督が悪い方にしか想像できない状態であるが、ご家庭のご事情だから当事者にしかわからない何かがあるだろうから、私が勝手な想像であれこれは言えない。
ただ一つ公に私がショックだったのを述べると、やはり娘さんがご家庭の事情をAIに相談したこと。
人間に相談しない時代なのかもしれない。
それに「常日頃、相談できる人がいなかったのかも」という想像をすると切なくて仕方なかった。誰かひとり相談できる人がいたら、ずいぶん違う。私はそう思っている。
私の家は父が荒れ狂ったとき、ご近所さんが助けてくれていたから。今、振り返っても周囲のやさしさがあったから、これまで生きてこれたのだ。
感謝している。

そうこうしていたら、交流戦も後半になった。
なんと、いつも見ている野球番組は、パリーグ本拠地で試合が行われていた場合は、放送されるのだった!!
知らなかった!
それで、久しぶりに野球中継をパソコンで見たのだった。
ホークスvsタイガース。
そしたら、また衝撃的な場面が。
藤川監督がリクエストに異議申し立てをしたため、退場になったのだった。
私個人としては、藤川監督が正しいと思っている。
私が監督でも異議申し立てしたと思う。(みんな誤審だと思ったのではないか。)
それにしても、タイガースファンは熱いな!
ホークス本拠地であるのに、7回表の風船を飛ばす場景を見たが「タイガースの本拠地か?!」というくらい風船が飛んでいた。
風船の色もホークスと同じ黄色(タイガースは黄色を基盤にシマが入っている)だから、何か不思議だったが。
私は大阪を懐かしく思った。
大阪はギラギラしている。
なかなかギラギラしているの、最近は見かけない。
ふいにギラギラしている方に会うと大阪を思い出す。
観客席が画面に映ると、各球団が販売している応援グッズが気になってしまう。
その首にかかっている金色のチェーン(応援グッズ)、福岡でも売っていたようであったが、土地柄なのか定着しなかったな。
同じ国であるのに面白いなといつも思う。

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「落雷と祝福」岡本真帆(著)、読了。