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「胡乱な聖典の信じ方」藍上央理(著)、読了。

私は極度の怖がりである。 ホラー映画なんてもってのほかだ。 自分で進んでみることはない。 一度、昔つきあっていた人とジェイソン(このシリーズは沢山あるので、この中のどれを見たのかは記憶がない)を付き合いで見た。 その彼はそれを笑って観ていたから「この人のことは一生、理解できないだろうな」と思った。 当然、うまくいかなかったのでお別れした。 その彼は一人でもジェットコースターに笑いながら乗っていた。 「怖さ」を楽しむことが出来る人なのだと思う。 なんだか羨ましくもあった。 過去に一度「ホラー小説」と呼ばれるものを読んだことがある。 本当に一冊だけだ。 入院していたときに、お隣のベッドのご婦人が貸してくれたのだった。 これもどちらかというと付き合いで読んだ。 長期の入院だったので生活に娯楽がなかったのもあるし、ご婦人はとても本が好きな方だったので、本好きが勧めるホラーとはどんなものなのか読んでみたいという好奇心もあった。 とにかく 「面白いわよ!そして、、、怖いわよ、、、最後らへんを夜、思い出すのよ、、、」 と勧めてくださったのだ。入院の荷物の中にたくさんの本をお持ちだった。 そのホラー小説は「ぼっけえ、きょうてえ」岩井志麻子(著)である。 ご婦人が語った怖さを私は感じられずに終わった。 私は、なんとなく俯瞰して「物語」として読んだので、感情移入的なものができなかった。 ただひとつ、表紙の絵だけは怖かった。 怖いと感じたのだった。 それだけは覚えている。 もし怖い絵を描くなら、あれくらいの気迫が伝わるもの描きたいって思う。 曲がりなりにも私は日曜画家だからな。 そんな私が人生二度目のホラー小説を読んだ。 それがこの本である。 滅多に外出しない私が、用事があって外に出た折に、図書館へ寄った。 地下鉄の中で読む何かが欲しかった。 じっくり本を選ぶ時間などない。もう地下鉄に乗らねばならぬ。 ぎりぎりに家を出たからだ。 体調が悪い時はぎりぎりまで横になっている私だ。 「新着本」と書かれた小さな棚から「文庫だったら軽いし、薄い本だから読めるだろう」と何も考えずに借りた。 地下鉄電車の中で早速読み始める。 「ホラー小説ではないか!!!!!!!!」と心の中で叫ぶ。 なんと舞台は私の住む九州であるし、。地下鉄もでてくるのか! 天神も博多も、地名がでてきていますけれども? とにかく驚いた...

「胡乱な聖典の信じ方」藍上央理(著)、読了。

私は極度の怖がりである。 ホラー映画なんてもってのほかだ。 自分で進んでみることはない。 一度、昔つきあっていた人とジェイソン(このシリーズは沢山あるので、この中のどれを見たのかは記憶がない)を付き合いで見た。 その彼はそれを笑って観ていたから「この人のことは一生、理解できないだろうな」と思った。 当然、うまくいかなかったのでお別れした。 その彼は一人でもジェットコースターに笑いながら乗っていた。 「怖さ」を楽しむことが出来る人なのだと思う。 なんだか羨ましくもあった。 過去に一度「ホラー小説」と呼ばれるものを読んだことがある。 本当に一冊だけだ。 入院していたときに、お隣のベッドのご婦人が貸してくれたのだった。 これもどちらかというと付き合いで読んだ。 長期の入院だったので生活に娯楽がなかったのもあるし、ご婦人はとても本が好きな方だったので、本好きが勧めるホラーとはどんなものなのか読んでみたいという好奇心もあった。 とにかく 「面白いわよ!そして、、、怖いわよ、、、最後らへんを夜、思い出すのよ、、、」 と勧めてくださったのだ。入院の荷物の中にたくさんの本をお持ちだった。 そのホラー小説は「ぼっけえ、きょうてえ」岩井志麻子(著)である。 ご婦人が語った怖さを私は感じられずに終わった。 私は、なんとなく俯瞰して「物語」として読んだので、感情移入的なものができなかった。 ただひとつ、表紙の絵だけは怖かった。 怖いと感じたのだった。 それだけは覚えている。 もし怖い絵を描くなら、あれくらいの気迫が伝わるもの描きたいって思う。 曲がりなりにも私は日曜画家だからな。 そんな私が人生二度目のホラー小説を読んだ。 それがこの本である。 滅多に外出しない私が、用事があって外に出た折に、図書館へ寄った。 地下鉄の中で読む何かが欲しかった。 じっくり本を選ぶ時間などない。もう地下鉄に乗らねばならぬ。 ぎりぎりに家を出たからだ。 体調が悪い時はぎりぎりまで横になっている私だ。 「新着本」と書かれた小さな棚から「文庫だったら軽いし、薄い本だから読めるだろう」と何も考えずに借りた。 地下鉄電車の中で早速読み始める。 「ホラー小説ではないか!!!!!!!!」と心の中で叫ぶ。 なんと舞台は私の住む九州であるし、。地下鉄もでてくるのか! 天神も博多も、地名がでてきていますけれども? とにかく驚いた...

「モノが減ると心が潤う 簡単「断捨離」生活」やましたひでこ(著)、読了。

片付けをしたくなって、図書館の書架に断捨離の本を見つけた。 断捨離の本は過去に一冊しか読んでいない。 改めて”断捨離”と名がつく本を読んでみた。 片付けに関する本は数冊よんだが、それぞれの考え方がある。 「私はミニマリストではない」とおっしゃっていたやましたひでこさんの考え方がわかる本だった。 自分が楽しいと思う空間を作って、その中で生活する。 そのための断捨離なのだと。 確かに読んでいて、真似したくなるような素敵な片付け方であった。 物へ対する愛着やリスペクトを感じる。  いつものごとく、箇条書きで私の個人的な備忘録とする。 台ふきはいらない(キッチンペーパー、使い捨てタオルを使うと管理が簡単) 鍋は見てくれで選ぶ(自分が美しいと思うものを買う) 炊飯器とレンジの断捨離 ランチョンマットで演出する(おぼんでも可。自分が食べたいものをよそおう) 普段着こそ真剣に選ぶ(なりたい私の服に挑戦しよう!) シーツは三日に一度洗濯する(布団は三年に一度買い替えが理想) 緑や花は絶やさない シャンプー石鹸類はその都度もちこむ 年末の大掃除はしない(普段から片づけておくから) 書斎の机はダイニングテーブルを使用している(大きいから使いやすい!) ペン立てはオブジェとしても楽しいものを(例えばマグカップなど) バッグは毎晩呼吸させる(カバンの中身はすべて籠にだして、一日を振り返る) A5サイズノートをかばんに入れて持ち歩いている(自分が思いついたことなどを書く。用事が済んだら破って捨てる。 災害用備蓄は水2リットルを12本のみ(それも使いながら巡回させている) 上記は私の個人的な抜粋である。このほかにも、本書には素敵なことがたくさん書かれている。 二時間あれば読めるので、断捨離提唱者のやましたひでこさんの考え方が気になる方は読むといいです。 うちの家には、テレビがないのだが、やましたひでこさんの家にもなかったらしい。 ただやましたさんはテレビ出演などをされるようになってから、慌ててテレビを買いに行ったとのことだった。 私もシャンプー、メイク落とし・洗顔類などは、入浴する都度もちこむようにしている。それは禅宗のお坊さまの本(書名は覚えていない)を読んだときに、お坊さま各々が石鹸などを持ち込むようにしているとのことが書かれていて、そうするとお風呂場が汚れないとのことだったので、...

「運動指導者が断言!ダイエットは運動が1割、食事9割」森拓郎(著)、読了。

友人が緑内障になりかけている。 そうだ。 もはや久しぶりに会う友人との共通会話内容は専ら”健康”に関することになりつつある。 私はこういうのが苦手だ。 たいてい良い話ではない。 どこが痛いとか、どこが悪くなったとか。 私に言わせると、そんなの私は昔からである。年をとったからと始まったことではないのだ。 今、そんな風に体のどこかに不調を感じる人は、今日という日まで頑張ってくれた自身の体を今まで以上にいたわってあげて欲しい。 そして、今日という日までまっとうに動いていた自身の体に感謝してほしいと思う。 自分が「当たり前」と思っていることは実は「当たり前ではない」。けれど、多くの人は、それに気づくきっかけが病気になった時なのだろうな。 大抵は歳をとって体の衰えを感じてから気が付くことが多いようだ。 友人には申し訳ないが、私の目から見ても友人は標準体型ではない。 明らかに病気をひきおこしそうな体型である。 大柄で健康な人がたまにいる。それなら問題がない。私は大柄な体型でも健康だったら別にいいと思う。だが、友人の話を聞いていると揚げ物もよく食べるようであるし、そもそも野菜(ビタミン)の摂取が足りていないのも気になる。それに、痛風の発作を忘れたころに起こしていて、それを繰り返しているようである。 プリン体を摂取しなくても痛風になってしまう体質があるらしい。 「痛風」と聞くと、男性がよくかかる疾患だというイメージがあるのではなかろうか。 体質であるとすると男性も女性も関係ないのだそうだ。 世の中には「体質改善」の本も多くでているし、その方法も多種多様であろうが、個々の体も多種多様であるから、その中の一つ一つを実行して体質は変えることが努力で叶うのか、私にはわからない。 現に私はずっといろいろと体質改善を試みているが、良くなった感がないからだ。私自身は、もう病気と一緒に生きていくという気持ちが人生の前半でかたまっていたので、体に良いことを試してみて体調が変わらなくても特に気にしなくなった。 あくまでも健康的な食事や軽い運動はデフォルトとしてであり。その上で、さらに努力をしてみるのであるが、私にはもう無駄だということも分かった。 何でも限界があるのだな。 (そう、だからいろいろ試してみて叶わなくてもがっかりしなくていいと思う。) さてさて、私が通う病院で医師がある日、ぽつりとこぼした...

「汝、星のごとく」凪良ゆう(著)、読了。

この頃、たまにものすごく早く起きた朝は、散歩に出る。 海岸沿いを行くと、カニが普通に道路を歩いている。 私はそれを見るのが好きだ。 だから、4時や5時に目が覚めたら、散歩に出かける。 人間たちではなく、木々や季節の花・虫・鳥などの自然に目を向けることが出来るということは、生きる技術の一つだと思う。 私はそれをようやく習得してきたようだ。 雨が降った後の松の木の葉一本一本に水滴がつく美しさとか。鳥が羽ばたいていく様子。明けていく空とか。雲の流れ。水面の模様。 そういうのを丁寧に見る。 今。この時。その時間にしか見れないものに意識をおく。 それが私の今この時を生きている楽しみであり、証でもある。そして何度も言ってしまうが理不尽から距離をおく生きる技術であると私は勝手に思っている。 久しぶりに物語を読んだ。 実用書的な内容の本ばかりを読んでしまう私なので、本当に物語は久しぶりであった。 この本を図書館に予約したのはいつだっただろう。 予約したのは、、、2年くらいまえではないかな。 (先に続編を借りて、よんでしまったのだったな。) 私は人間という生き物が苦手なので、物語をあまり読まないのかもしれない。 それなのに、自身の作品作りには物語を求めてしまうという矛盾があるが。 文頭のカニの話は何かというと、私は人間が苦手な故に、ついつい目に入ってしまう「人間」という動物から意識を逸らして生きようとしているのだ。 それくらい私は弱く、この世の基準では自分がつぶれるということ知っているからである。 私はそういう自然のものに癒しを求めるのだった。 誰が決めた基準か知らないが、その基準に添える才能とか気質を持っている人が世の中の大半を占めている。(多分。これは私の勝手な推測である) この物語に出てくる主な登場人物は、その基準に添うことが出来ない人たちであった。 この物語が心に響くということは、世のなかの多くがもしかしたら、基準に添うのが苦しい人たちなのかもしれないな。 本が大ヒットするということは、そういうことなのではないか。 親が子を消費してはならない。 私はそう思っている。 親の抑圧や期待を人生で受けた経験がある人は、感情移入するかもしれぬ。この物語に多くの人が共感を寄せる点は、それもあるのではないかな。 物語に出てくる二人は、親に消費されているからな。 一人で生きるという虚しさ、人...

『もっと「好き」の因数分解』最果タヒ(著)、読了。

そうだな。 この方の展示を見に行ったことがある。 街のギャラリーであった。 その展示は、印象に残る言葉の組み合わせを多く見た。 懐かしいな。 そのギャラリーは今はもう無い。 あんな風なギャラリーはもう私が住む街には作らないのではないかな。 谷川俊太郎さんの展示も過去、見に行ったことがある。 言葉を扱う人で有名になる方は、必ず万人に伝わるかということをしっかり考えていらっしゃる。 万人に好かれるものを作る人は、その人自身に興味を持たれる訳で。 エッセイというのは、ファンにとってはとても嬉しい読み物ではないだろうか。 この本は、著者の好きなものについてのエッセイ。 その数、56個。 ライブハウス、オペラケーキ、コメダ珈琲店、植物園、花屋、オパール、船旅、レース、薔薇、真珠、ムーミンシリーズ… などなど 前作に『「好き」の因数分解』という本があるらしいが、私はそちらを読んでいない。 作品とは自分を晒すことだ。 詩人は言葉の使い方で、その人自身をさらしている訳であるから、この方の核みたいなものが本当に見えるエッセイだと思う。 最果タヒさんがどんな方なのか、それが顕著にわかる本だと思う。 最果さんの詩を読んで好きになった人がこれを読んだら、もっと好きになるのではないかな。 万人が持たない感受性がここにある、という印象の内容であった。 最果さんが好きなものの中に「RRR」があった。 インド映画である。 「落雷と祝福」の著者、岡本真帆さんも好きなものの中に「RRR」を挙げていた。 私はずっと気になっていた「RRR」が。 言葉を操る方方が好きな「RRR」!! ぜったい面白いに違いない。 調べると3時間の超大作であった。 来月、見る機会があるので見る予定でいる。 この本の全体的な印象は「誰からも愛されるお手本」という感じだった。 それは嫌味ではなく、わかりやすい言葉でみんなの心をつかむことが上手だということを私は言いたい。 実に、うらやましい。 私は言葉の使いかたが上手ではない。 だから、できるだけいつも気を付けて話すようにしているが、どうだろう。 うまく伝わっていない気がする。 私もなにか自分の「好き」なものを探ってみようかな。 そんな気持ちにさせる本であった。 「何が好きか?」と聞かれると、そんなにサッと出てこない気がする。 そうだな、好きなものを探してみよう。 そして、へたくそ...

「私 労働小説 ザ・シット・ジョブ」ブレイディみかこ(著)、読了。

むなしい。 読み終わって、そう思った。 こんなにむなしさとしっかり向き合うのは、久しぶりではないか。 それが追ってきても、気を逸らし続けていた。  それはいつもいつも近くにいる。 わたしの人生へ対する虚しさは、小学校6年生の時から始まっている。 私自身、シット・ジョブは若い時に割とやったのではないかな。 ののしられるような仕事ではないと思っている。その時その時で懸命にやる。でも「シット」なのだろうな。「シット」だったのだろうな。 シット。 私は英語のその意味を知らなかった。 ただ、海外ドラマを見ていた時期があったのだが、登場人物が悔しい時に「シット!」と言っていたのだけ記憶にあり。 なぜ記憶にあったのかというと、中学英語のカタカナ英語でシットは「座る」という意味だと学校で習ったからである。明らかに登場人物は「座れ!」と言っているわけではなさそうだし、悔しい時に使う言葉なのだろうとアタリをつけていた。 その時、調べてみる向上心が私にあればよかったのだが、特に人生で使いたくもないから、調べもせずに今に至る。(ドラマの中では明らかに怒っているときに使う言葉だったから、使いたくない。) それで今回、改めて調べたのだが。 シット。 shit。排泄物、くそ。人をののしるときに使う。 sit。座る。着席する。 hが入るか、入らないかで意味がかわるのであった。 そういえば、プレイもよくわからずにいた時があった。 プレイ。 pray。祈る。 play。遊ぶ。 どこの国も変わらない。 我が国、日本も7割がワーキングプアなのだそうだ。 ワーキングプアがこの国を支えている。 私はこの事実をどうやって知ったかというと、受験勉強中の若者に聞いたのだ。 小論文で出題されるかもしれないテーマ「ワーキングプア」 酷なテーマを若い人にぶつけるのだな。 この本は舞台がイギリスだが、やはり同じ割合がシット・ジョブなのだ。 以下は、あとがきからの引用である。 「英国ではこうした低賃金の仕事をしている人たちは、「自分たちはきつい労働をしているのに報われない」という意味を込めて、自らの仕事を「シット・ジョブ(クソのような仕事)」と呼ぶ。自分の配偶者を含め、英国の労働階級の人々が日常的にこの言葉をよく使うのをわたしは長年この耳で聞いてきた。 この本はノンフィクションではなく、フィクションなのだそうだ。 自...

「新訳 星の王子さま」アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(作)、倉橋由美子(訳)、読了。

小さな時に読んだか?読んでないか?はっきり覚えていない。 が、しかし。「この話、わからない」と思った記憶だけがある。 バオバブの木を知ったのがこの物語で、本当にバオバブの木が架空ではなく実在することを知って嬉しかった。それも記憶がある。 読んだのだろう。ほんの少し。 数話だけ記憶にあるということは、途中で読むのを止めたのだろう。 「子供が読む本だったのだろうか?」と考えてしまうのは、大人になってから再読したからであって。 訳者のあとがきにも児童書コーナーに置いてあるのだ、と書いてあった。 なんだろうな。 これは哲学書みたいだった。 哲学の本は、物語のようには書かれていないことが多いが、哲学を物語にしてしまったような作品だった。 もちろん哲学書より読みやすく、楽しい。 この添えてあるイラストがたまらなく愛しくなる。 かわいくて、ユニークなイラストだな。 それもあって、ずっと愛されている作品なのだろうな。 子供のための作品なのだろうか。 「この本はある大人に捧げたい」と切ない前書きがあった。飢えと寒さの中で慰めを必要としている親友へのための慰めであった。物語の世界へ入る前に、なんとも本当に、微力すらない自分を私は思ってしまった。 図書館の前に、七夕飾りが設置してあったので「みんなが幸せにすごせますように」と短冊に願い事を書いてきた。 全世界はなんとかできないだろうが、自分の周りの人くらいは何か幸せを、と、、、私も出来ることはしたいな。 主人公が遭難した砂漠が物語の舞台だと知って、思い出したのはアガサクリスティだった。 『春にして君を離れ』 人は人生を振り返ることになるとき、砂漠に遭難するのかな。 日本には鳥取砂丘があるから、私も行ってみようか。 遭難したくはないから、観光でおわるだろうけど。 理不尽なことを飲み込みながら、生きていくしかない。 砂漠に遭難した主人公と王子様の会話でお話は成り立っている。 王子様は王子様の住む星とは別の星をめぐって、その星にいる人に面会するのだが、王子様には、各々星にいるその人物の考え方の理解に苦しむのだった。 その話を王子様が主人公にする。 出てくる登場人物それぞれが「え!?」と思うような大人の代表であった。もしかしたら、自分がこのうちの一人に該当するかもしれない。それに、このような人たちを社会で確実に見たことのあるクセのある人物だがどう...

小磯良平展 幻の名作《日本髪の娘》、鑑賞

私にとって、小磯良平さんは 「絵にしにくい構図を描く人」である。 いま、私はコツコツとパースを勉強している。 もちろん独学だ。 テキストは普通に書店に販売されている本だ。 買うには高い本であったが、丸善がビニールをかけずに内容を見れるように書架に置いてあったので、内容を確かめてから購入した。 三点透視図はなかなか描く機会がない構図だと思っている。 漫画やアニメならよく見かける構図ではあるが、絵画はあまり見かけない。 見かけたとしても「良い作品か?」と見るにはとても難しい。 自然な感じがしないからだ。 人物のパーツの中にも三点透視図が出てくる。例えば、足を奥にひっこめているなど。椅子に座っている人などの足はこれだと思う。(私はアカデミックの教育を受けていないのではっきりとは言えないが) この構図を描くのは画力がいる。 この目で、自然に見えてしまう三点透視図を見たかった。 家計をやりくりするのに、毎月何かと文化に触れる機会をうなってしまう私ではあるが、ここはわが町に展示が来た時に見ておかないと、多分この先、もう見ることはないだろう。 会期終了が近いせいもあり、図録は売り切れていた。 2200円か、図録にしてはお安いのではないか。 欲しかった。 でも、仕方ない。 割合としては人物画中心で、静物画が少し。という内容の展示であった。 「ああ!この構図は描くのがむずかしい」 という作品がいくつもあった。 《和服の婦人像》などもその一つだ。身を乗り出しているご婦人のからだ手前と奥に行く、その描き分けが難しいと思う。 そして、やはりプロでいらっしゃると思った。 私は写実作品の鑑賞が苦手だと思う。。 生々しすぎるからだ。 写実作品でも苦手じゃない作品も、もちろんある。 写実作品の中でも見て疲れる作品に、たまに出会うことがある。その作品は、未熟だと思う。自然にこちらに入ってこないからだ。写実だが、写実の度がこえると生々しくて現実っぽくないから。つまり、不自然に見えるのだ。 小磯良平さんの作品はそうではなかった。 生々しくなる手前で止めてあり、全体がギラギラとしてくどくない、しっかり強く描くところと抜いて描くところ、両方のバランスがとれている。 私のようなアマチュアであると、それがうまくできていないことが多い。 だから見る側として、見るのに疲れる作品になりがちになってしまうが、プロは違う...

野球と私(12)「ベースボールと野球 知っているようで知らないその世界」大熊廣明(監修)、稲葉茂勝(著)、読了。

ここ数年、プロ野球を観戦している。 中継番組であったり、ラジオであったり。時と場合により使い分けて観戦している。 応援しているチームが勝つとすごく嬉しい。 いつの間にやら、プロ野球が好きになってしまっていた。 私は、ちびまる子ちゃんと同じくらい野球が好きではなかった。 「野球見るくらいなら、他のテレビが見たい」 そういうよくいる女子小学生であった。 そのまま大人になったのだが、勤務先の女子たちに誘われて、一緒に野球観戦に行くようになり。退社してからは、ずいぶん長い間、野球を見ることがなく。 観戦に行っていた時ですら、同僚女子に 「今の何?」 「ストライクKって何?」 といちいち聞くくらい野球を知らなかった。 (ちなみに、今はもうストライクKは知っている。三振のことである。) それくらい野球のことは詳しく知らない。 中学生の時は部活動の勧誘などのプリントを見た時に「軟式野球」もよくわからなかった。 硬いのと柔らかいのとどう違うのか?など。 それは普通はみんな知っていることなのかどうかすら、興味がないから誰かに訊くこともなかった。 興味が出てしまったゆえに、この本を読んだ。 軟式野球は日本で生まれた独自の野球だそうだ。 そもそも野球の道具が高価なので、一般の子供たちには手に入らない。子供たちがはじめた野球ごっこがその始まりのようである。安く手に入りやすいボールが軟式ボールだった。 そもそも柔らかいボールであればケガもしにくいから。 ただ、やはりプロ野球選手が硬式ボールを使っていると、硬いボールを使いたいあこがれを抱くのは当たり前で。 少年野球とリトルリーグも違うとのことだ。 少年野球は軟式、リトルリーグは硬式のボールを使うそうである。 なので、リトルリーグの方が盛況なのだそうだ。 因みに、ベースボールの発祥はイギリスの子供たちの遊びからだが、ベースボールとしてのルールがはっきり制定したのはアメリカで、お互いに「うちの国が発祥」と言っているようである。 、、たいへんだな。 日本に伝わったのは明治時代で「野原でやる球技」で「野球」となづけれらた。 驚いたのが、野球用語を作った一人の中に正岡子規(歌人)がいて。 「死球(デッドボール)」「四球(フォアボール)」という用語を作ったのは子規なのだそう。漢字ってすごいな。二文字で「ああ!あれか!」ってわかる。それを作った人もすごい。...

立派な最後は、

さぁ、これは読んでいる人がほぼいないブログだから。 私の気持ちの整理で書いている。 生きること 死ぬこと どちらにも意味はなくて。 そう思うと、死んでもいいし、生きてもいい。 そう思える。 ただ自分でコントロールして死のうとすると、結構むずかしい。 場所は? (ここで命を絶つと、後始末が大変になる。事故物件になる) 方法は? (できたら痛くない方法でできないか) 死んだ後の世界はあるのか? (見えない世界があって地縛霊というものがあるなら、そうなりたくないな) 私の近所には、老人施設がある。 そこは多分、国の経営ではない。 お金をそれなりにお持ちの方々が入れる施設だ。 たまにその前を通る。 私は生きるために食料の買い出しへ行く。その時の通り道に、その施設がある。 そこが見えない道を通ってもいい。 そうすると店まで少し遠回りになるから、結局、この道を通ってしまう。 そこは昼間、カーテンが開けてある。 そうすると中の様子が見える。 じっと座っている。 人生の先輩たちが話もせずにじっと座っている。 そこの食堂なのだろう。 そこはいつもシンとした空気を感じる。 どこを見ているのだろうか。 たまにテレビがついていることもあるが、見ている様子もない。 歩けるのだろうか。 もう歩くことさえ出来ないのだろうか。 椅子に座っている方もいる。 椅子ではなく車いすに座っている方は、もう足が機能をしていないのかもしれない。 立派だと思った。 どんな場所だろうと年を取ってから入る施設は、そこで死を待つことになるだろうから。 あんな風にじっと死を待つこと。 私は立派だと思った。 私は時々「死にたい」と思ってしまう。 それは誰でも人生の中で一度は思ったことがあるのではないだろうか。 私が「死にたい」と思う時は、たいてい体調が悪い時だから、体を休めてやれば次の日は気持ちが変わっていることが多い。だから、その時は気持ちから気を逸らす。 突発的に死んでしまう人がいらっしゃるが、「時間がたてば気持ちが変わる」ということを知らないのかもしれないと想像したりする。 だからもし「死にたい」と思ったかたがいたら、堪えて明日まで待ってみて欲しい。 次の日に気持ちが変わっていることがあるから。 同じ気持ちが続くようなら、それはどこかが悪いに違いないから、病気だと思う。その時はまず病院に行ってみて欲しい。そうこう気を...

「多様性は美しい 分類からはみ出る愉快な生物の世界」稲垣栄洋(著)、読了。

 犬と猫は同じ先祖であったらしい。 「ミアキス」という。 森林にすむと「猫」になり、森林を抜けた広い草原に住むと「犬」になった。どんなふうに犬猫を分類するかというと、交配できるかどうか。 これもどうなのか、交配だけの観点で分類できるのかという話であった 「世界に境い目はありません。(中略)境い目がないと、人間は世界を理解することが出来ません。」 ちなみに、タカとワシは大きさで分けているらしい。 一般的にはワシの方が大きい。(ただし例外はある。) クジラとイルカも同じように大きさで分けているらしい。 案外単純である。 野菜なのか果物なのか。 …という分類に関しては、関税の問題などがあるから、作っている農家さんが都合がよい方に決めていいみたいだ。 大きくは草本性のものを「野菜」、木本性のものを「果物」と分類するらしい。 バナナは木のように見えて草本性なのだそうだ。 「分類学の父」カール・フォン・リンネ。 植物学者。 世界共通の名前をつけること、それが「学名」。学名はリンネ以前からもあった。分類の階層をつけることを提案した人らしい。 界・門・網・目・科・属・種 リンネが提案した「二名法」は現在も使われているらしい。 リンネは、同時によんでいた別の書籍にも出てきた人だ。驚いた。 本書を読んで驚いたのは、息子に自分と同じ名前を付けたため、それを区別するのに「大リンネ」(本人)、「小リンネ」(息子)と呼び分けることがあるらしい。(『百年の孤独』みたいだな…同じ名前が引き継がれていくのだ…) 分類は分類する人たちのものです。分類される人のためのものではありません。(著者の言葉) そこらへんに生えている草で利用できるものは名称も覚えているが、自分にとって、必要のない関係のないものは雑草である。…という認識。 印象に残ったものを書き記しておく。 この著者も同じようなことを言っていたが、分類は人間にとって都合がいいからやるものである。 ただそれだけだ。 私は分類が苦手だ。 「多様性は美しい」と言える人がこの世界には少ないのではないかな。 線を引き、その境界線がはっきりしていないと安心できない人が多い。 そういう方は、多様性が美しいことなぞ考えない、そもそも見ようとしない。分類された中にある確実にある美しさしか見ようとしない。 白と黒しか見えない人には、多様性をみることがない。 ...

「イラストで出会う女性たちのいる美術史」文:李君棠(リー・ジュンタン)、絵:垂垂(チュイチュイ)、訳:多田麻美(ただ・あさみ)、読了。

私は一時期、美術史ばかりを読んでいた時期があった。 その時は気が付かなかった。 美術史の中で女性作家がほぼ登場せず、紹介されることがないこと。 登場したとしても、作家としてではなく、男性画家のモデルとして紹介され「モデルだけど絵も描ける」というような一行程度の肩書き説明があるだけだった。 男性作家のモデルや愛人としての脇役的な登場はあっても「作家」であることは語られていないのだった。 それだけ世界中で男尊女卑があった時代が長かったのだ。 今も表向きはないように見えるが。 苦しんでいる方々がいるだろうな。 この本は、女性作家のみに目を向けた本となる。 23人の女性作家が掲載されており、美術史を交えつつイラスト主流で紹介されている。 イラストに重きをおいているせいか、文字が小さめで読みにくかったな。もう少し字を大きくしてほしかったな、、、ページ数の関係などもあるのだろうな、、、。執筆する人も出版する人も大変だな。 私が気になったのは以下の三人である。 いつものごとく、自身の備忘録としてここに残しておく。 マリア・ジビーラ・メーリアン 葛飾応為 ルイーズ・ブルジョワ マリア・ジビーラ・メーリアン  私は図鑑の絵が好きだ。 図鑑は写真より絵で構成されている方が好きだ。 図鑑の絵は、誰かが目で見て描いた”そのもの”のきらめきが入っていなくてはならない。見る人が「そのものがどんなものなのか」理解できるように、事実を描かなくてはならない。 私自身は図鑑の絵を描いたことはないので、はっきりとは言えないが、私はそう思っている。上記にあげたことは当たり前なのかもしれないが、この当たり前を描くには当然画力が必要になる。そして、対象物に愛をもって接することができないと、対象物のきらめきは描けない。写真より実物を目の前にして描く。その時のきらめきは、そうやって絵に閉じ込められる。 私はこの画家を知らなかったが、この時代で画家としては「アマチュア」に分類されていた。この本は美術作家を紹介する本ではあるが、この方は画家というよりもどちらかというと研究者であると私は思った。 女性であるが故に、大学で学ぶことも許されず「愛好家」というようなアマチュア名称でしか肩書を名乗ることができなかったのだ。そういう時代の方だ。 遺書まで書き、死ぬ覚悟で虫を見たいという気持ちだけで全財産を傾けて、娘二人と共に南ア...

「デモクラシーのいろは」森絵都(著)、読了。

 小説は久しぶりに読む。 体調の悪い日は、体が動いてくれない。 ただ意識があるかないかで、ずいぶんその日の過ごし方が変わる。 頭がぼうっとしていなければ、、、つまり意識があれば、文字は頭に入ってくるから本を読む。 途中で眠ってしまっている場合もあるが、それはそれでいい。私がコントロールできることではないから。 なぜ、この本を選んだのか? よく覚えていない。 図書館に予約しておいた本であった。 いつも忘れたころに、私のところに回ってくる。 ありがたいと思う。 ありがとうございます。 タイトルをみるとわかるけれども「デモクラシー」は「民主主義」のことである。 ”デモクラシー”と聞くと私は「大正デモクラシー」という言葉しか思い出せなかった。 それくらい私は勉強が苦手なのだ。 それに私にとって、民主主義は非常に幻想にすぎないのだが。 それは若いころも今も変わらない。 舞台は戦後の日本、「GHQが日本人に民主主義を教える」という実験をするために教師として選任された日系二世の男性教師と、実験に選ばれた四人の若い日本女性の物語である。 もう少し詳しい内容が知りたい方は公式のサイトを見ると、物語の全体像がつかめるのではなかろうか。 序盤、私にとってはとても読みづらく「あきらめて動物の本(小説ではない本)を読んじゃおうか」と放り出したくなったのだが、三分の一読んだ辺りから、その先が気になってきて結局さいごまで読んでしまった。 読了できて良かった! 私なりの感想、気づきをここに書こうと思う。 (他の人が注目しない点に目が行ってしまっていると思われるが、そこは気にしない。私は私であるから。どうしようもない。) ・人は栄養が足りてないと頭が回らない。 改めてそう思った。 この点に注目してしまうのは、私の虚弱体質があるからだが。 戦後の日本が時代背景にあり、集まった四人は日給が出るのと、食事が支給されることにより実験を引き受けたようだ。食料や服を調達するのに苦しい時代であったから、条件のいい職だったのだろう。後半部分の「第七章、罪と罰」は登場人物である美央子さんの日記形式で物語が描かれるのだが、栄養をとるようになって頭が回ってくるようになった、、、というような一文がある。 私は改めて、食事の大切さを思った。 戦争で何もかも無くなった日本人が各々で立ち上がるにはまず食事という当たり前の...

映画「魔法使いのおじいさん(1979年)」鑑賞

ずっと見たかった映画であった。 見ることが出来て、素直にうれしい。 私は佐藤忠男さんのことを知らなかった。 佐藤忠男さんは、有名な映画の評論家だ。 一年前だったか、二年前だったか、、、 佐藤忠男さんが絶賛していたインド映画の上映が無料であるということを知り、たまたまその日、用事で街に出てきていた私は、その会場へ足を運んだのであった。 その時上映された佐藤忠男さんセレクトのインド映画が非常に面白かった。 (秀逸な映画だったのに、タイトルは覚えていない。) このほかにもまだ、佐藤忠男さんが絶賛するインド映画があるとのこと。 その映画こそ『魔法使いのおじいさん』であった。 「いつか見たい。でもどこで見たらいいのか」 と思っていたが、、、、 私の住むF市はアジア映画の収集をしていたのだった。 市の上部の偉い人が変わってから、それも今おざなりになっているようであるが、そもそもF市は「アジア交流の拠点」を前面に押し出し町興ししていたので、その最盛期はアジア文化の収集に力を入れていた。その収集したフィルムが図書館に残っていたりする。 F市がアジア映画を収集していた当時、そのアジア映画を選んでくれていた方が、どうやら佐藤忠男さんだったようだ。(私も詳しくは知らないのだが) そんなご縁があって、佐藤さんセレクトのアジア映画が図書館で毎月上映されているのだが、今月は映画『佐藤忠男、映画の旅』公開に伴って、アジアの中でも南インドの映画が何本も上映されていた。 この映画は、そのうちの一つだった。 私は鑑賞後に、この映画の簡単な解説が載った紙をいただき読んだのだが、魔法使いのおじいさん役のおじいさんはプロの舞踏家なのだそうだ。 (映画「国宝」を思い出してしまった。俳優の田中泯さんも確か舞踏家である。) 私が映画を見て印象に残ったのはもちろん、おじいさんだった。 腹の底から出している響く声。 鈴を鳴らして歌う。 声は楽器なのである。 明らかにほかの登場人物とは違う何かを感じるそんな音だった。深くて重みを感じる音。 なるほど、プロの方であったか。 おじいさん以外はみんな素人だったらしい。村の子供たちのにぎやかで健やかな場面が自然なものであったとは!どこの国の子供たちも高い声をだしながら騒ぎ、遊び、勉強して育っていくのだな。学校から飛び出して、おじいさんに群がる子供たちも印象に残っている。 ただ私...

「40歳から食べても太らない方法」伊達友美(著)、読了。

 図書館の除籍図書としてブックトラックに置いてあったので、持ち帰り読んだ本である。 このところ、以前より増して体を気遣うような情報に敏感になってしまった。 歳をとってしまったからなぁ。 こういう栄養分野の情報も流行りがあるので、私としては自分が必要だと思った点だけ活用するようにしている。 ただ、著者は管理栄養士の資格もお持ちで、多くの女性の栄養指導をなさっているようだから、内容には安心を覚える。 感想というより自分のための備忘録として、ここに残しておく。 本能に従って食事をする(お腹が減っていないときは食べなくて良い。空腹も大事にする。) 体を温めるために肉やオメガ3(油)を摂る 自分の好みを探す(白米が好きなのか、玄米が好きなのか、など。食事は楽しんで) 発酵食品(味噌、納豆、イカの塩辛)を摂って、腸を整える。 遅延型アレルギー検査(検査結果にて遅延型アレルギーに該当する食品は、半年は控えてみる。) ケーキを選ぶときはフルーツやチョコ入りを選ぶ。ケーキと一緒にオメガ3を含むクルミを食べたり、抹茶や豆乳を一緒に摂ると良い。 チョコはカカオ70パーセント以上を選ぶ。 お菓子はクルミやピーナッツ、甘栗などを食べる。加工されたものは避ける。なるべく原型に近いものを食べる。 フルーツは種ごとたべられるもの(キウイ、イチゴ)や柑橘類(みかん、グレープフルーツなど) 食事の食べる順番、漬物、汁物、副菜、主菜、ごはん。まず生ものか、汁物から食べる。最初にごはんを食べないこと。 本の内容としては、栄養の面だけではなく、太ってきたパターンを見直すようなことも書いてあった。 例えば、ママ友の付き合いで太ってきたパターンの方は断る理由を2,3つくっておくなどのアドバイスが載っていた。 付き合いとは、、、難しいものだな。 「ケーキとなぜオメガ3のクルミを一緒に摂るのかな?」という疑問があったのだが、良質な油は糖をゆるやかに吸収させるようである。 私自身ケーキは殆ど食べないが、このところ二度ほど食べる機会があったので、気になってしまった。ただ出先で、自身が用意したクルミを手元から取り出すのも不自然極まりないから、外食であったなら豆乳入りのカフェオレを飲む、抹茶を飲むなどの対策をとれると思った。 油に関しては、私は非常に気を付けていて、サラダにかける油が亜麻仁油である。著者が仰る通り、...

「スタンフォード式疲れない体」山田知正(著)、読了。

 このところ「呼吸」に注目している。 この本の存在をどうやって知ったのだろう。 「虚弱に生きる」という本に出てきたのかな? 私は図書館にこの本を予約していたことを忘れていた。 私は呼吸器が昔から弱いのだが「うまく呼吸ができているのか?」という疑問があった。ちいさいころ救急車で運ばれたとき、大きなガスボンベから管をとった吸入器をした記憶があって。 あれは酸素が入っていたのではなかろうか。 あの時、私は「普段できている呼吸ができない」ということを考えていた。 大晦日だった。 普段、普通に呼吸ができることがどんなにすごいか。 それは、あの時のおおきな発作時に考えた。 おとなになって、呼吸のことは特に気にせずにいた。 小さい時よりは体力がついたのであろう。 喘息発作が出ていてもよくわからずにいることが多かった(風邪をひいた時に、便乗するかのように発作がでているようであるが、デフォルトすぎて気が付いていないようである) 季節の変わり目になると、気を付けていても体調を崩す。 普通の人より気管支も細いであろう私は、呼吸がうまくできていないならば、尚更そこを正す必要がある。 呼吸とは当たり前にしているが、正しく出来ているだろうか?という疑問をあまり持たずに、今まで生きてきた。 私はどうやら呼吸を正しく出来ていないらしい。 この本を読んで、判明した!! 私は虚弱だ!普通の体力を持っている人が正しく呼吸していたら、もっといろいろなことが出来る時間が増えるだろうな。うらやましい!! 以下は、私が備忘録として抜粋した一覧になる。(ランダム) まだほかにも、いろいろと疲れない体つくりのノウハウは載っていたが、私が特に覚えておきたいものだけ綴っておく。 朝食は定時に摂る 睡眠時間も決める 最低7時間は眠る 朝食は抜かずにたべる(早食いは禁止) 朝食に甘いものは食べない(血糖値スパイクをさける) 味のする飲み物は一日一回のみ 腹八分の場合は間食をいれて、食事の回数を増やす(間食は果物を摂る) 水を一日6~8杯、飲む(1.5リットルくらい) IAP呼吸(腹圧呼吸)をする(一日最低1回、寝る前の2分間) カフェイン一日400mgまで(コーヒーだと4、5杯くらい) スマホは細切れに見る(長時間みると姿勢が崩れる) 「yet」「まだ~」。「~できない」と決めつけるのではなく「まだ、~できない」と...

「古代文字を解読していたら、研究に取り憑かれた話」大城道則、青木真兵、大山祐亮(著)、読了。

 二か月前だったか、エジプト展を見に行った。 私はF県F市で人生が終わるだろうから、エジプトに行くこともなかろう。 そう思って、ありがたくわが町に巡回してきた展示を見に行った。 その展示をみて、改めて不思議だったのが 「この昔の文字、どうやって解読したのだろう?」 ということであった。 同級生のお父さんが「あの文字、どうやってわかったのだろう。」といつだか私と同じ疑問をもっていたのを思い出しつつ。 あの頃の私は文字に対して、そんなに興味がなかったのだった。 たまたま図書館でこの本と出合った。 エジプト展へ行った後であった。 丁度、展示が会期中であったから、図書館もそれなりに選書して目立つように棚に、この本を置いてくださっていたのかもしれない。 司書さんたち、ありがとうございます。 この本は三章あって、三人の著者がそれぞれが古代文字に対する思いやどのように研究しているのかなどのエッセイになる。 エジプトの古代史がかかわるとどうやら肩書は「エジプト考古学者」のように思われるらしいのだが、それぞれが考古学だけではなく歴史や語学専門の研究者であり、ひとくくりに「考古学」といえない。それだけ「古代文字」となると特殊すぎて、私たちのような一般の者は、大雑把に知っている学問で分類してしまうようだ。 とにかく古代文字は語学とは限定できないし、考古学とも限定できないようだ。 この本を読むと、研究者とは探求心が強くてコツコツと辛抱強く勉強できる人でないと、出来ない職業だということがわかる。三人の研究者のただひたすら、そういうものが好きなのだという「愛」を感じた。 古代文字やエジプト学を学びたい人には、どういう進路をとればいいかの参考にもなるだろう。 そもそも、そういう進路は特殊かもしれないが、古代文字を読みたい若者がいるなら、この本は希望になると思う。(エジプト学の詳細は大学の諸事情で、日本国内の大学では学べないようだ。) 考古学分野をほとんど知らない私のような者が読んでも、その世界の一部(古代文字)を知って楽しくて面白い本であった。 この本の中でエジプトに関して知っている言葉は「ロゼッタストーン」くらいだったが。 ヒエログリフも出てきたが「聞いたことある」くらいの言葉で、勉強が苦手であった私はヒエログリフは何なのかすら覚えていないのだった。 本書の中に、エジプト観光の話なども...

「虚弱に生きる」絶対に終電を逃さない女(著)、読了。

体が弱いこと。 他人事ではないので、何とも言えない。 この本の「虚弱」という表現が適切なのかも考えてみたが。 そんなことどうでもいいか。 わたしはこの著者と違って、喘息・アレルギー等の持病をもっているので、ちいさなころからいちいち体調をくずしていた。 小学校の下校時に小児科に習い事のように通っていた時期もあったようだ。 私はすっかり忘れていたが、実家より持ち帰った自身の荷物整理をしていたら学童保育の連絡帳が出てきた。連絡帳に学童保育の先生と母のやり取りが残っていた。 「帰りに小児科へ寄らせてください」とか 「熱があります」とか 「今日はおなかが痛いと言っています」とか とにかく、病気は常に私のそばにいた。 自分は自分が「弱い」とあまり自覚することなく生きていたと思う。 初めからずっとそうだったのと周りが優しかったから、自覚がなかったのだと思う。 だから「自分が周りと同じようなことが出来ない」と認めるのに時間がひどくかかった。 ちいさなころは「大きくなったら出来るのではないか」という期待がすこしだけあった。 期待だけで終わった。 著者と同じように努力もした。 私も軽い有酸素運動や筋トレなども試した。続けても、体調を崩すことは変わらなかった。 運動と食事を整えるのは基本で、これが崩れたらもっと体調が悪くなる。それだけのことであり、基本をやってもやらなくても体調を崩すのだということがわかった。 この著者はとても頭がいい人だから「もう自分は働けない」ということを若い時から自覚していた。(ご自身の稼働可能な時間数をきちんと把握なさっていた) それに恵まれている人だと思った。 弱くとも食べていける職に就いたのだから。 今という時代だからこそ、家でできる仕事が多いということも運がよかったのではなかろうか。(コロナ禍以降、仕事就業体制が変化したのもあると思う) 私は体を壊しては仕事を辞めるという繰り返しであった。 奨学金を2件抱えて。 返済をするために、とにかく働くしかなく、ボーナスが出るような勤め方ができなかったので、貯金がうまくできなかった。返済に人生の半分の時間を使ったと思う。 振り返ることもつらいので、私のことは、ここまでにしておく。 体が弱く、まだお若い人はこの本を読んで、生きる方法を探るといいと思う。生きていくヒントがあるだろう。 ただ、この著者は運動などを短時間でも出...

あの橋の向こう側

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いつだか近所の川沿いをずっと行くと、その先はどうなっているのか知りたくて、ひたすらまっすぐ歩いたことがあった。 それは海岸に出たのだが。 その後、その海岸沿いを行けるところまで歩いたことがあった。 すると一番端で道が途切れた。 都市高速があって、その先の向こう側も海があるはずだが。 でも、建物らしきものも並んでいるようだが。 何があるのか?しらなかった。 その海岸沿いの端には橋が架かっている。 橋の向こう側が知りたいが。 都市高速の高架があって、向こう側がよく見えない。 ほんの少し歩けばいいだけなのだが、そこへ行く気力がなかった。 確かめずに時が過ぎた。 そこに行く何か目的が欲しかった。 その目的ができた。 どうやら調べると、そこは漁港になっているようであった。 その漁港で週末に市場が開かれているらしい。 「市場へ行こう!」 私は知らないことが多いことに驚いた。 ここに引っ越してきて16年たったけれど。 市場があることをどうやって知ったかは忘れたが。 その漁港に市場あることは聞いていた。 ただ、海岸沿いの一番端の向こう側だということを知らなかった。 橋の向こう側、都市高速の高架近くに、その小さな漁港があった。 漁師が乗る小さな船が並んだそのさきに倉庫のような屋根の建物があるのが見えた。 そこが市場らしい。 その建物の屋根の下に長い簡易テーブルがいくつかあった。テーブル前に、それぞれ何を販売するのか手書きでかかれた紙が貼られており、各々3、4人の列ができていた。 シャコ、アナゴ、タコ、、、張り紙のないテーブルもあったが、その前にも小さな列ができていた。何も書かれていないテーブルでは何が販売されるのだろう。 私はシャコを買う列に並んだ。 「アナゴの刺身」が気になったけれど、今日は懐かしくて「シャコ」と書いてある手書きの文字を見て、シャコに決めた。 330グラム、千円。 ほんとうに小さな漁港だった。 私が記憶の中で知っている漁港は大きな漁港であったから、それと比較してしまう。人によっては、ここも大きな漁港なのかもしれない。 小さな子供たちが両親と並んでいるのを見かけた。こどもは並んでいるのがたいくつなのであろう。走りだしたり、地面に白い石で絵を描いていた。 ここの漁港のご近所の方々なのかもしれない。 車でやってくる人と歩いてやってきた人がいたから。 私が小さいころ住んでい...

「社会は「私」をどうかたちつくるのか」牧野智和(著)、読了。

世の中には自己啓発本があふれている。 その大抵は、元祖の考え方があって、そこから引っ張ってきたネタを大きく長くかいてある。要はページ数を増やして「本」という形にしたもの が多かったりする。 形だけのものに引っかかってしまう時、私には多々あった。 それは自己啓発本に限らず、どの分野の書籍もそうだ。 わたしはどちらかというと元祖を知りたい派である。 (そこを判断するのに、私は目次と引用、最後あたりにある参考文献の一覧などを見て判断する。) この本は、自己啓発本もかなり読まれている社会学者の方が書いた本だ。 なので、元祖がたくさん載っている。 元祖を一冊一冊たどって読むのは難しいが、こういう頭の良いひとがざっくり説明しながら書いてくださっているので、怪しい自己啓発本を読もうとしている人は、この本を読むといい。 自己(「私」)についての考えは、個人個人で持つことがベストであるが、それはなかなか難しい。 それぞれ身を置いている環境が違うからな。 そして、この本にもある通り、生き方の選択肢が増えたし、同じ職業にずっと就くという社会ではなくなったからな。(それはSNSの発達も大きいだろうが、労働法が変わったことも一因だと思う。私個人の意見だが、会社が保障していた部分を国が保障する制度を作って補う必要があると思う。) ただ、まだ「私とはなにか」と悩んでいる人は幸せなのだと思う。 悩んだり考えたりできる環境があるということは、まだ幸せなのだ。 もちろん、こうして考える時間がある私もそうだ。 「私」ってなんだろう?と誰しも一度は考えたことがあるのではなかろうか。哲学者や社会学者、精神科医などの考え方の説明があり、時代とともに変遷していく環境や考え方など、おもしろく読むことが出来た。 色々な学者さんたちの考え方を著者の考えも交えながらの内容であったが、終盤で印象に残ったのが、カナダの社会学者アーサー・フランク。 (『傷ついた物語の語り手ー身体・病い・倫理』) 重い病にかかったとき、人々はそれまでの人生における「目的地や海図」を失い、「難破」することになる。つまり、以前はこういうことがあって、今の自分はこうで、そしてこうなっていくという海図(自己物語)を、重い病いによってそれまで同様には保ち続けることができなくなり、違う考え方による新しい海図を書き直さねばならなくなるのだ、と。 私は今まさ...